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生産関係と資本の価値増殖33係だという命題を理解するさい,その前提として,貨幣はそれ自身ひとつの社会関係だという命題の吟味が有益である。本節では,商品の一般的な等価形態である貨幣は,社会関係をあらわすと....

生産関係と資本の価値増殖33係だという命題を理解するさい,その前提として,貨幣はそれ自身ひとつの社会関係だという命題の吟味が有益である。本節では,商品の一般的な等価形態である貨幣は,社会関係をあらわすというマルクスの真意をあきらかにする。 マルクスによれば,貨幣は,そのものが一つの社会関係をあらわす。「貨幣は,一つの物ではなくて,一つの社会的関係である。①」(『哲学の貧困』国民文庫,高木佑一郎訳,115ページ)「重金主義は,金銀から,それらが貨幣としては社会的生産関係を,といっても特別な社会的属性をもった自然物の形態で,表わしているということを,見てとらなかった。」( Kapital, Ⅰ, S . 97) それでは,貨幣は,それ自体,本来的には金のかたまりにすぎないのに,なぜ社会的関係の表現であるのだろうか。ここに,排他的な所有になる生産条件が,それ自身一つの生産関係である秘密をとく鍵がかくされている。  「貨幣はすべての商品の一般的な等価形態であ」( Kapital, Ⅱ , S . 3 6) るといわれるとおり, 貨幣が社会関係の表現である理由は, それが一般的な等価物である事実のうちにひそむ。というのも,貨幣が一般的な等価物であるのは,金以外のすべての商品が金を鏡にしておのおのの価値をうつしだすからにほかならない。つまり,貨幣が排他的に一般的等価形態にたつ事実は,金という一商品がそれ以外のあらゆる商品の価値表現材料の役目をになう関係を内包している。だから,貨幣という一つの存在が社会的関係の表現であるのは,金という一者がそれ以外の諸商品の価値鏡の役割をはたすという他者とのつながりをふくむことに起因する②。ところが, 貨幣という一つの存在にあっては, それ以外のあらゆる商品が金をもって価値表現の材料にする不可分な連関は目にみえない。それどころか,金が価値の独立的な定在であるのは,その金属としてのすぐれた自然的な属性にゆらいする外観をもってあらわれる。マルクスのつぎの説明は, 貨幣が社会関係の表現である事実と直接に関連する。「一般的直接的交換可能性の形態をみても,それが一つの対立的な商品形態であって,ちょうど一磁極の陽性が他の磁極の陰性と不可分であるように非直接的交換可能性の形態と不可分であるということは,けっしてわからない。」( Kapital , Ⅰ , S .82)また,つぎのようにもいう。「一商品の等価形態が,他の諸商品の諸関係の反射であるのではなくて,その商品自身の物的な性質から生ずるかのような外観