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自然資源をめぐる秩序形成に関する序論的考察3 本稿では, 上記のような問題状況を念頭におきつつ,M. Taylor(1987)(以下『協力の可能性』)による共同体の形成の可能性に関する議論を紹介し(第2章),Mankiw(....

自然資源をめぐる秩序形成に関する序論的考察3 本稿では, 上記のような問題状況を念頭におきつつ,M. Taylor(1987)(以下『協力の可能性』)による共同体の形成の可能性に関する議論を紹介し(第2章),Mankiw(2006)やOstrom(1990)・飯國(2010)を比較対象としてこの議論の論理的正当性と意義を吟味する(第3 章)。最後に, 得られた示唆と残された課題をまとめ,結びとしたい(第4 章)。 なお,国家・市場との関係を視野に入れた,入会的な秩序の正当性と限界に関する議論は既に別稿で行ったので,本稿では必要に応じて若干触れるにとどめることをお断りする(松本2006)。2.共同体アナキズムの検討2-1 なぜM. Taylor『協力の可能性』を素材にするのか 『協力の可能性』によると,国家のリベラルな正当化理論は次のように議論する。すなわち,個人が合理的なエゴイストであるとすると,社会秩序―国内の平和・安全と外国の侵略に対する防衛―のような最も基本的な共通利益を実現するためであっても, 人々は協力しない。合理的なエゴイストが協力しないことによって非合理的な結果が発生するという問題を「集合行為の問題」7といい,集合行為の問題は国家によってのみ解決されうる(『協力の可能性』1-5。以下,『協力の可能性』については原書の頁番号のみを示す)。 しかし,『協力の可能性』は,過度に数学的ではないゲーム論を用い,共同体アナキズムの立場からこのような国家の正当化を批判し,さらに踏み込んで共同体の国家に対する優越性を説く。この立場は,入会的秩序の再編を巡る議論に示唆を与えうると思われる。 そこで,本章では,次の手順で共同体アナキストM. Taylor の『協力の可能性』における議論を紹介する。まず,議論の前提としてM. Taylor の集合行為・公共財・コモンズの定義を確認し(2-2),次に,ホッブズの議論とG. Hardin の議論の解釈を確認する(2-3)。さらに,集合行為問題の観点から共同体の国家7 公共財の問題だけではなくG. Hardin が提起したコモンズの悲劇の問題が含まれる。