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海のコモンズの現代的可能性53 このような声を受け,1995年には大月町役場の調整により初めてのダイビング事業者の団体(「柏島スクーバダイビング事業組合」)が立ち上げられ,漁協との間でダイビングに関するルー....

海のコモンズの現代的可能性53 このような声を受け,1995年には大月町役場の調整により初めてのダイビング事業者の団体(「柏島スクーバダイビング事業組合」)が立ち上げられ,漁協との間でダイビングに関するルールを協議する場が設けられた。同時に町は,県の助成を受け後の浜・竜の浜にダイビング船係留ブイを設置した(第2 図参照)(註13)。 これ以前の段階では柏島漁協(当時)の漁業権区域の中のかなり広範なポイントでダイビングが行われていた(註14)。当時の資料には,幸島,室(ママ)碆,瀬戸の間,蒲葵島,庄屋の浜,前の浜,白浜,大堂周辺,竜の浜,後の浜の名前が見える(これらはほぼすべて柏島の第一種,ないし第二種の共同漁業権の範囲内であり,漁礁や好漁場と隣接するものも多い)。協議は,これらのポイントの利用や漁業側へのダイビングの届出制度,ダイビング方法規制,業者の「地元貢献」問題等について行われた(註15)。1995年には漁協が業者側に竜の浜・後の浜を除くポイントの潜水禁止を申し入れ,ダイビング側の自主規制という形で1996~97年頃からポイントの閉鎖が機能しだした。以後の協議は主にこれらのポイントの条件付き開放をめぐって行われた。しかし,いくつかのポイントはダイビング業者にとって営業上重要なポイントであったため,その付近での違反潜水が後を絶たず,またダイビング側が統一された意志を持った交渉主体として一つにまとまることができなかったため,漁協側に信頼できる交渉相手としてなかなか認知されなかった。同時に漁協の姿勢も頑なであったため,協議はなかなか進展しなかった。その後,海域が開放されないことに業を煮やした業者の脱退等さまざまな問題でダイビング事業者の団体は機能不全に陥った。何度か仕切り直しの後,2007年2 月に町内のほとんどの業者が加盟する「すくも湾ダイビング大月地区部会」が旗揚げされた。 ダイビング業者は柏島の漁業権範囲外の他の浦周辺ポイントでもダイビングを案内するが,現在これらのポイントの重要性が増しているようである。業者のホームページを見ると,橘浦,安満地,一切,古満目,樫の浦,周防形,西泊,大浦までポイントが広がっている。一時は,それらの地先の漁協(ないし支所)とも紛争が起こった。そのため「すくも湾ダイビング大月地区部会」は,一切,安満地,橘浦の地先の漁協と潜水規則に関して合意し,そのルールに基づいてダイビングを行うようになってきている。部会は,柏島でも同様の合意を目指