100号

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8 高知論叢 第100号いる13。また,本居宣長はウシハク神について「世の中のウシたる神」と解し,人臣の神という説や皇后という説が最近あるがこれは誤りだと述べている14。『記紀』には,神代記に登場する大国主神....

8 高知論叢 第100号いる13。また,本居宣長はウシハク神について「世の中のウシたる神」と解し,人臣の神という説や皇后という説が最近あるがこれは誤りだと述べている14。『記紀』には,神代記に登場する大国主神の子孫が支配していた国が,服属(移譲)したという国譲り神話がある。『記紀』にはそれぞれの時代と国譲りの記述が異なる。大国主神は『記紀』ではスサノオの子孫であり,スクナビコナとともに葦原中国をつくったが,ニニギに譲って隠退し,出雲大社の祭神となる。『出雲国風土記』においても多くの説話に登場し,国譲りの説話がある。大国主神について『古事記』原文には「大国主神之兄弟八十神座然國者避於大国主神」とあり,これについて,『古事記』では,大国主神には,多くの兄弟があったが,異母兄弟で各々欲があったからだ,と説明されている。本稿で問題とするものは,大国主神以来の国々の統治がシラスではなくウシハクであった,という井上毅の論拠である。『古事記伝十之巻』には「オホクニヌシノカミトナリ マタウツシクニタマノカミトナリ15」この箇所について本居宣長は「大国主神名義は天下を伏へて,宇う志し波は久く神と云意なり」これは「国経つ営くる功いさを業を成して,天下に其恩頼を蒙しむる神と云意なり,さて此二ふたつのな名は,此処にては未此神の御名にはあらず,然神と為れと詔ふなり,さて後遂功業を成て,此詔の如くに為賜へる故に,御名とはなれるなり16」と述べた。大国主の神はウツシクニノタマノカミという別名がある。ウツシクニノタマノカミとは,神の名に充分には値しない,現国魂神,即ち現世の神,死後神になった人,という意味である。うつしくにたまのかみは漢語では現国魂神,『古事記』では宇都志国玉神と書き,これが宇う志し波は久く神となった。橘守部は,葦原中国を平定する神を「御剣を主うしはき掌賜ふ神17」と述べており,ウシハクを私的領土支配の意味には解釈していない。13 同上書669頁万葉集五31丁には「ウシハキイマスモロモロノオホミカミタチ」の詩がある。14 『本居宣長全集』『古事記神代一之巻』『古事記伝三之巻』138頁15 『古事記伝十之巻』第一巻495頁16 同上書503頁17 『難古事記伝』『橘守部全集第二巻』昭和42年東京美術273頁