100号

100号 page 28/242

電子ブックを開く

このページは 100号 の電子ブックに掲載されている28ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「電子ブックを開く」をクリックすると今すぐ対象ページへ移動します。

概要:
26 高知論叢 第100号前提にした条項であった。明治憲法の天皇大権は専制君主制ではなく,昭和憲法下と同様に立憲君主制であった。その事は明治19年から20年にかけての井上毅とモッセ,ロエスレルの質疑応答において....

26 高知論叢 第100号前提にした条項であった。明治憲法の天皇大権は専制君主制ではなく,昭和憲法下と同様に立憲君主制であった。その事は明治19年から20年にかけての井上毅とモッセ,ロエスレルの質疑応答において明らかにされている。井上毅は日本の国体を表現する最も適切な語としてシラスを選んだ。しかし,その後の日本では“神聖”なる言葉は現御神に繋がる意味をもつに至った。前述のように天皇大権と議会の権限について,最初の衆議院さえも認識が相半ばした。明治19年井上毅がロエスレル,モッセに君主の根本権に関して次の様に質問した。太政官職制には,太政官,内閣には「天皇が親臨して万機を総裁せらるゝ所」とあり,日本の天皇は親政の事実がある。これを憲法に入れるべきかどうか。モッセは,プロシアでは内閣には法律上一定の職務を有する総理大臣を置かず,国王の勅令によって定めている。これを定めると大臣が国王の地位と矛盾するとして総理大臣の職務を憲法にいれることに反対した。英国,フランスにおいても各省の分配権,組織の変更などは国王の命令による,日本も天皇の勅令にすべき,と述べた。ロエスレルは次の様に述べた。君主に対して大臣は責任があり,その責任が問われると君主に責任が及ぶ。そうなると,君主は政務に関して責任を有しないという原則を間接的に破ることになる。君主の身体は侵すべからずという原則が問われる。大臣が弾劾され国会から罷免されると,大臣の任免に関する君主の主権を侵す事にもなる。モッセ,ロエスレルとも君主の権利は大臣の任免権にあり,大臣は国家に対して責任を有し,国会に対して責任を有しない。君主は政務に関して責任を有せず,身体は不可侵であるいう原則が前提であった。ロエスレルは,大臣の責任は自由主義と君主主義との相互関係にあり,大臣の責任は憲法中に大略のみを書き詳細は別の法律に定めるべき,と回答した。モッセは次のように回答した。大臣は国家の機関,国家の官吏であるが,国王の官吏ではない。官吏は国民の利益によらず国家の利益,国家全体の幸福による。従って大臣は国家に対してのみ責任を負うと述べた55。55 モッセ「大臣責任ニ関スル意見」伊藤博文『憲法資料』389頁-390頁