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日本財政の持続可能性に関する研究27る軍の分裂の契機となったが,それ以上に,以後軍財政の独立と軍事費増大の端緒となったことが重要である。明治初期の日本財政は,歳入の大部分を占める地租が限られ,歳出は金録....

日本財政の持続可能性に関する研究27る軍の分裂の契機となったが,それ以上に,以後軍財政の独立と軍事費増大の端緒となったことが重要である。明治初期の日本財政は,歳入の大部分を占める地租が限られ,歳出は金録公債の償還,軍事費増大に加えて,官僚組織の整備という歳出拡大要素を抱えていた。明治7 年以降明治10年まで西南戦争による臨時軍事費を除くと軍事費は半減し,その歳出削減幅は一般歳出を大きく上回り,半減していた。軍は西南戦争後の明治13年,ドイツ式陸軍導入と併せて統帥権独立なる用語を使うようになるが,その契機は明治11年の参謀本部設置であった。この時を境にして軍令が独立し,一般軍政と併せて,軍は二重組織となり,以後の軍事費聖域化に道を開いた。軍事費増大の制度的枠組みは,低軍事予算期であった明治初期にできあがっていた。図14の様に,日本の財政主体は軍と内閣に分裂していた。内閣は各省の調節機能を有さず,省はあたかも独立した権限を有するかのような存在であった。軍は統帥部に属し,内閣の関与を受けない。陸海軍大臣及び軍政は財政主の外の金二十五万円を支給すべきに由り,其の改正案を具申すべきを令す,爾後審議を進め,終に参謀局を独立せしめんとす,天皇,参謀局と陸軍省との間に将来紛議を惹起することをあらんを深く慮らせたまひが,大臣及び陸軍卿山県有朋等の具奏する所に依り,遂に廟議を納れ,是の日,参謀局を廃して新たに参謀本部を置き,其の条例を定めたまふ……明治7 年予算7 万円が25万円に,軍令の事務が増加 軍政と均衡をはかり予算を増加させる二者相並進すべきものなり」『明治天皇紀第5巻』575-576頁,天皇が参謀本部に言及したこの記述は後世の編纂時の脚色の可能性がある。(変数z) (内閣) (軍内局/ 参謀本部/ 大本営)政府債務/GNP基礎的財政収支/GNP 軍事費/GNP 諸省予算一般歳出財政主体A 財政主体B振替軍事費聖域統帥権(変数y) (変数x)図14 日本財政の構造(1885-1945)