高知論叢102号

高知論叢102号 page 62/222

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60 高知論叢 第102号以上のことから,中谷の見解は「胎児の生命の保護」という観点から,人工妊娠中絶の権利化は認められないこと,但し,「胎児医学の進歩」によって可能となった「異常胎児の中絶」については胎児....

60 高知論叢 第102号以上のことから,中谷の見解は「胎児の生命の保護」という観点から,人工妊娠中絶の権利化は認められないこと,但し,「胎児医学の進歩」によって可能となった「異常胎児の中絶」については胎児条項を導入することで,妊婦に対して出産の強制をしないというものであることが分かる。1982年の論文では「生命はその発生の当初から何らかの保護を与えられなければならない自明の理をわが民法や前述一九七六年のイギリスの先天性心身障害(民事責任)法が規定している。これに対して,刑法がどの範囲でどのように刑事制裁を科してまでこれを保護するかは,刑事立法上の政策決定である」85との見解が示されている86。このように,この時期の法律学における議論は,究極的には女性の自己決定権と胎児の生命権の対立として捉えられているといえようか。しかしながら,上述した丸本の指摘のように,「本来の行政の努め」を探り,これを理論化する方向での検討にまでは,法律学の研究は至らなかったといえよう。7 産婦人科臨床医の優生保護法批判さて,1978年の第9 回日本医事法学会の第1 部会においては,もうひとつ,ない。「胎児条項は,中絶自由化の立法例の中では,どちらかといえば優先的に認められている適応」( 8 頁)「改正案に対する反対運動を経験して以来,少なくとも今の日本では,胎児適応はタブー視されているといってよい。」( 9 頁)「わたくしは,中絶も妊娠継続も第三者さらには国策などによって強制されることではないと考える。しかし,胎児医学の進歩により胎児の先天異常発生の機序が次第に明確となり,また,出生前診断が可能となり,さらにそれが容易になり,自分の胎児が重度の心身障害者となって生まれる蓋然性が究めて高いことを知った妊婦が,中絶を希望したときも,優生思想排斥論者としては,それは差別を認めることになるから,中絶は許されないとでもいうのであろうか。そうなると,論者の『産む,産まないは女性の権利』という基本的主張はどうなるのであろうか。」(10頁)との記述, 更に, 先述の胎児の処分は自己決定権の範囲内にはないとの見解から,中谷が胎児条項導入の見解を維持していることが分かる。1985年論文(中谷・前掲注(77))では「現在では妊娠の早期判定,胎児の出生前診断も可能になった。前者が安易かつ安価にできるようになれば必要な早期中絶も可能となり,ひいては女性のからだの安全のためにもなる。後者については障害者差別の問題があって,なおむつかしい問題は残るが,母親の自主的な選択に委ねるほかないと考える。」(182頁)という記述になっている。85 中谷・前掲注(76)33頁。86 一連の論文の中で中谷は,刑法改正作業とその結果である「改正刑法草案」を,議論が不十分であるとの理由で批判している。中谷・前掲注(56)40頁。同・前掲注(77)183頁等。