104号

104号 page 9/94

電子ブックを開く

このページは 104号 の電子ブックに掲載されている9ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「電子ブックを開く」をクリックすると今すぐ対象ページへ移動します。

概要:
天皇親政体制の虚実7権を与えず,名誉と恩賞を与え,これを政権中枢から排除した。朝廷官僚組織において実権を持った者は旧幕藩体制の下級官吏であった。彼らによって構築された諸省分任官僚組織は新たな権門となっ....

天皇親政体制の虚実7権を与えず,名誉と恩賞を与え,これを政権中枢から排除した。朝廷官僚組織において実権を持った者は旧幕藩体制の下級官吏であった。彼らによって構築された諸省分任官僚組織は新たな権門となった。ただしあくまで,天皇親政のという前提が必要であった。天皇は新たな権門となった文官と武官のトップでなければならず,古代からの由緒ある権門勢家,摂関家,武家に統治権,統帥権を委任する存在としての天皇像は否定されなければならなかった。従来,日本の天皇像の評価について,天皇親裁とは名目だけの親裁であり,実権は輔弼,官僚にあったという誤った評価が定着した。天皇は衆議の一致した決定に従うだけであり,従って天皇親裁の実態はないという見方である。しかし,戦前期においては,日本の国体の前提は天皇親裁であるという事が動かし難い常識であった。戦後はこれに疑問を呈する見解があり,今日に至っている。『昭和天皇紀』が刊行されれば,昭和天皇親裁の実態が明らかになるであろう。大正天皇期を除き,明治天皇と昭和天皇前期は天皇が政務,軍務の最終決裁者であるという国家組織の仕組みは変わることがなかった。輔弼がどのような人物かによって政務,軍務は影響を受けたが,高官の人事権はあくまで天皇にあり,人事権を含めた政務,軍務を最終決定するものは天皇であった。憲法の設計段階では天皇に政争と悪政の災禍が及ばないように,政府の責任と天皇の責任を周到に区分する議論がなされたが,国家組織の仕組みと運用においては,文字通りの天皇親裁として理解され,その通り国務は執行されてきた。憲法制定期における伊藤博文による説明によれば,天皇は「統治権の総攬者」であることと同時に「憲法の条規によりてこれを行う」ことによって規制を受けるという,あたかも立憲君主制に矛盾するかのような憲法の条項の説明は,天皇一人の身体の中で統一され,決して相矛盾するものではないという事が憲法の核心であり,それが国家有機体説による,立憲君主制の理念であった。日本の国家有機体を支える国民国家のエートスには万世一系の神話が注入された。明治維新によって徴税権と国家財政を獲得した官僚は,あくまで天皇による万機親裁を支える役割を担い,決して天皇に代わって政,統帥を行うものではなかった。高官は平時において,天皇から日常の政務,軍務を委任されこそす