106号

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2 高知論叢 第106号軍閥によって左右されたものではなく,正当な人事が行われてきた事,学歴は若い時期の進級に重要な意味をもったが,叙勲の有無,士官学校時の席順は以後の進級に大きな要素とはなり得ない事,人....

2 高知論叢 第106号軍閥によって左右されたものではなく,正当な人事が行われてきた事,学歴は若い時期の進級に重要な意味をもったが,叙勲の有無,士官学校時の席順は以後の進級に大きな要素とはなり得ない事,人事考課が昇進の速度を左右する要因であった事等が明らかにされてきた3。石田京吾,濱田秀氏は考課の不分明さと,そこから有用な情報を導くことの困難性,階級毎の定員と予算枠の問題点を指摘した4。熊谷光久氏は日本軍の進級,抜擢の定量的研究を行い,ワシントン条約までは陸大修了か否かに拘らず尉官まで一直線に進級していること,将官への進級は陸軍士官学校の席次を基礎にし,毎年の考課によって席次が修正されたこと,陸大修了の有無と成績が抜擢の要素となったことを明らかにした5。従来の研究では,武官人事評価の主要な要素とされてきた考課ではあるが6,その来歴と実態が充分に解明されてきたとは言い難い。日本軍の人事評価のあり方は,西洋の軍の人事評価を参考にしたものではなく,軍制と同様に,日本の社会風土に根ざしたものであり,武官人事評価がその後の日本社会に与えた影響は少なくなかったのではないだろうか。本稿の目的はこのような意味を有する武官の人事評価を歴史的に検討する事にある。1.考科令と位階制官位とは,官職と,貴賤を表す序列である位階の総称である。律令で定まっていること,金鵄勲章受賞が昇進の要素としてはさほどの重要性はなかった,「陸軍高級将官の人事考課は,一般にいわれるような硬直したものでなかった」と述べた山口宗之『陸軍と海軍 陸海軍将官史の研究』清文堂2000年,その他,熊谷光久『日本軍の人的制度と問題点の研究』国書刊行会 2004年,三浦裕史『近代日本軍制概説』信山社2003年等の業績がある。3 山口宗之前掲書4 石田京吾・濱田秀「旧日本軍における人事評価制度 将校の考科・考課を中心に」『防衛研究所紀要第9巻第1号』(2006年9月)考課と進級の連携を反映し,考科表の不分明さ,そこから有用な情報を抽出することの困難さ,各階級毎に定員と予算の枠に依存する事,そして組織を縮小,廃止,拡大が進級をも規定することを示した。5 熊谷光久前掲書237頁6 明治以来考科と言われてきたが後に考課とされた。本稿では考課に統一するが,出典そのものが考科としている場合はそのままとした。