高知論叢107号

高知論叢107号 page 108/180

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67 高知論叢 第107号一開戦名目ヲ海軍ト練ル 局長ヘ呈ママ出十一月十九日(水)一開戦名目ヲ藤井ト練タル一連絡会議ヲ昼食前後議会ノ中間ニ総理エ仰テ行フ○右後地処理要領ニ付 ....

67 高知論叢 第107号一開戦名目ヲ海軍ト練ル 局長ヘ呈ママ出十一月十九日(水)一開戦名目ヲ藤井ト練タル一連絡会議ヲ昼食前後議会ノ中間ニ総理エ仰テ行フ○右後地処理要領ニ付 東郷外相條約ス(八)御前会議議事録としての「田中新一中将業務日誌」先に示した「帝国国策遂行要領ニ関スル御前会議ニ於ケル質疑応答資料」は三一項目あり、一一項目目が「対南方以外ノ施策トハ何カ」である。御前会議の大半の議事録や手記が消却された中で、昭和十六年九月六日御前会議当日の記録として「田中新一中将業務日誌」六三は貴重な記録である。田中新一は、陸軍大学校を(三五期)卒業し、昭和一二年軍務局軍事課長、昭和一五年一〇月参謀本部第一部長(第一作戦部長、少将)、昭和一六年一〇月陸軍中将に昇進し、昭和一六年当時は参謀本部中枢の第一作戦部長に在籍した。田中は東條英機らと対立して、参謀本部を辞し、南方軍司令部に転属された。開戦時御前会議に直接関与し、資料一九「石井秋穂大佐日誌」六二