高知論叢107号

高知論叢107号 page 162/180

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13 高知論叢 第107号る上奏を兼ねるものがあった。拝謁には外交、統治、大元帥の立場によって拝謁の形式が異なった。表一は昭和元年から昭和八年に至るまで、奈良侍従武官長時代における拝謁記録を集計した数字であ....

13 高知論叢 第107号る上奏を兼ねるものがあった。拝謁には外交、統治、大元帥の立場によって拝謁の形式が異なった。表一は昭和元年から昭和八年に至るまで、奈良侍従武官長時代における拝謁記録を集計した数字である。天皇の諮問機関であり、親臨が制度化されている枢密院の顧問官による拝謁が最も多い。明治以来約二〇〇名の枢密院顧問官が任命されたが、枢密院顧問官は拝謁だけで奏上はほとんど行われなかった。次いで総理大臣、内大臣、宮内大臣の拝謁が多く、武官長、侍従は基本的に毎日拝謁している。侍従武官長は軍務に関するあらゆる事項に同席したが、さすがに元老、内大臣の拝謁、上奏には同席しなかったが、上奏・拝謁の有無は把握していた。奈良武次は次のように日記に記している。「六年五月二九日西園寺公 長時間(二〇分)拝謁奏上 何事か奏上」二一一般政務の上奏は侍従武官長の管轄外であるが、総理大臣の上奏や経済、外務閣僚の上奏について日記に記されており、武官長も通常はこれに同席した。拝謁に続いて奏上する事例も多い。農林大臣からは毎年の米の作況が判明した九月には必ず奏上した。従って、米の作況指数が国民経済に及ぼす影響を天皇は熟知していた。総理大臣は議会の開会、閉会、選挙結果、共産党一斉検挙などの治安に関する重要事項は詳しく奏上した。行幸時においては知事、地枢密顧問官39総理大臣24内務大臣17宮内大臣10朝鮮総督10陸軍中将9元帥8元老8師団長8内大臣8外務大臣7陸軍大将7海軍大臣6宮中顧問官6近衛師団長6参謀次長6海軍機関長5軍令部次長5在郷軍人5大蔵大臣5陸軍大臣5海軍中将4憲兵司令官4参謀総長4司令官4侍従長4台湾総督4文部大臣4旅団長4海軍軍医長10名3海軍参謀長3海軍人事部長3海軍大将3軍令部長3侯爵3国務大臣3商工大臣3枢密院議長3鉄道大臣3砲兵少佐3陸軍少佐3その他333計605表一 昭和天皇への拝謁回数(昭和元年~八年『侍従武官長奈良武次日記』より集計)