高知論叢108号

高知論叢108号 page 25/136

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性転換手術と刑法に関する一考察23性転換手術が,性転向症者の精神状態にとって,具体的に利益をもたらしうるかは事前には予測し難く,事後的にたまたま良好な結果を得たとしても,事前の行為者の軽率な態度を客観的....

性転換手術と刑法に関する一考察23性転換手術が,性転向症者の精神状態にとって,具体的に利益をもたらしうるかは事前には予測し難く,事後的にたまたま良好な結果を得たとしても,事前の行為者の軽率な態度を客観的にみて,患者にとって不利益となる可能性が強かったということを理由として,行為の合法性を否定することは,必ずしも不合理ではない75。その上28条は,法定事由の存在する者に対して行われた生殖を不能ならしめる手術が,法令の定める技術的制約に違反したときにも適用される,いわば取締法規的性格をも持っており,手術の手続に瑕疵があったと見られる本件行為を,本条で処罰することも許されるであろう76。そして,本件手術の合法性が否定される理由を,被告人の治療目的の欠缺に求めるべきだとする富田の見解に対して,行為の合法・違法は,行為の危険性を中心として客観的に判断すべきであるから,判旨の客観的な考え方のほうが,むしろ健全であるとする77。また傷害罪と28条違反の罪の関係について,以下のように述べる。優生保護法が,違法に生殖を不能ならしめる行為について処罰規定を設けたのは,同意傷害の可罰性について疑義があるため,特にその可罰性を明らかにする必要があると立案者が思ったためであるとし,28条違反の罪の法定刑が,傷害罪・傷害致死罪よりもはるかに軽いことから,医師により医術的に行われ,被手術者に対する危険性が通常の同意傷害よりも低い場合として,28条が特別法として,傷害罪の適用を全面的に排除してしまうという解釈も可能である。しかし,本件のように,去勢の結果まで生じさせたときは,結果の重大性ゆえに,傷害罪と28条違反の罪の観念的競合になるという解釈も成り立ちうる。本件弁護人の主張のように,「手術」および「目的」を限定的に解し,本件被告人の行為が,28条の関与するところでないとした場合には,当然傷害罪で処罰するということになろう。本件が傷害罪で起訴されなかったのは,我が国の検察実務が,同意傷害の不可罰性を認めるか,あるいはその処罰にきわめて寛大な見解をとっており,本件についても最初から傷害罪の成立に消極的だったのではないかと75 町野・前掲注74260頁。76 同上。77 同上。