高知論叢108号

高知論叢108号 page 35/136

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性転換手術と刑法に関する一考察33し,その根拠は,去勢を除外する実質的理由がない(金沢)といったものや,生殖腺を除去しない断種含むから(宮野,高島も同旨か)といったもので,積極的な論証はなお足りないよう....

性転換手術と刑法に関する一考察33し,その根拠は,去勢を除外する実質的理由がない(金沢)といったものや,生殖腺を除去しない断種含むから(宮野,高島も同旨か)といったもので,積極的な論証はなお足りないようにも思われる。しかも,28条の「生殖を不能にすることを目的」との成立要件については,結局断種は生殖を不能にするからそのことを認識していない訳がないというだけであって(金沢,高島,富田も同旨か),本来法が想定していない事態に刑罰で対応することが適切かとの問題意識は見られないようにも思われる。これらに対して,鈴木の見解は,今後の検討に資するための問題提起ではあるが,科学に対する法の立場は流動的であるとしつつ,そこからその時の医療水準に見合う治療方法のみが違法性を否定されるとしており,はじめから刑事制裁が前提とされているところには検討の余地があるように思われる。他方,本件を優生保護法違反として構成する判旨に疑問を指摘する見解も,植松のように傷害罪の成立を当然とする見解と,優生保護法による人工妊娠中絶や任意断種との比較から同法の不均衡な運用だと指摘する見解が混在している。後述するように,優生保護法の本来の立法の趣旨からすれば,同法による処罰は目的に齟齬があり,これを当時から明確に指摘していた点では評価できようが,そうすると性転換手術という,当時まさにその手術の意味が社会において正確に認識されていなかった時代における新しい手術について,刑罰の運用がどうあるべきかを問うべきではなかったか。本稿冒頭に述べたように,埼玉医科大学倫理委員会の答申と前後して,ようやく性転換手術が「治療行為」として認識されるに伴い,96年以降の諸見解は概ね性転換手術の正当化を目指す方向で検討がなされるようになったといえようか。例えば猪田は母体保護法28条の手術に去勢手術が含まれるとしつつも,同条の生殖不能目的から母体保護法違反を退け,傷害罪の成否については本件第1審判決における5 要件の法定化を主張するし,石原も母体保護法と性転換手術の違いを強調して,傷害罪について手術を正当化するアプローチを主張する。田中も旧優生保護法の違憲性に言及しつつ,上記5 要件を正当とし,本件については正当な医療行為ではないと断ずる。これらの見解は,旧優生保護法が母体保護法に改正され,その際に優生思想の問題性が議論されたことの影響