高知論叢108号

高知論叢108号 page 37/136

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性転換手術と刑法に関する一考察35の多くが,刑法の傷害罪成立の可能性について言及していた。植松は,一貫して同意傷害罪の問題であることを指摘している。町野は,優生保護法28条の関与するところでないとした場合....

性転換手術と刑法に関する一考察35の多くが,刑法の傷害罪成立の可能性について言及していた。植松は,一貫して同意傷害罪の問題であることを指摘している。町野は,優生保護法28条の関与するところでないとした場合は,当然傷害罪で処罰することになろうとしている。高島は,傷害罪の成立を認める見解が,将来はともかく現段階では理解しやすいとしている。傷害罪と優生保護法は普通法と特別法の関係にあるため,本件については傷害罪は成立しないとする金沢や,傷害罪と優生保護法違反との観念的競合とする富田も,傷害罪成立の可能性を肯定する見解といえよう。刑法学上,医師が正当な治療行為として外科手術等を行った場合,その行為は刑法204条の傷害罪の構成要件に該当するが,刑法35条の正当業務行為として,違法性(あるいは構成要件該当性)が阻却され,犯罪は成立しないと説明される。このように治療行為が正当化される要件は,通常,①治療目的があり,②医学において一般に承認された方法でなされ,③原則として患者の同意(嘱託・承諾)があることが必要とされる130が,論者の立場により,どの要件を重視するかにつき違いがみられる131。一般的に「行為無価値論」に立つといわれる論者は,①の治療目的を重視し,これを主観的正当化要素とする。治療の目的によらない行為は,偶然的に治療の効果があがっても違法性を阻却しないとする132。これに対して,「結果無価値論」に立つといわれる論者は,治療目的は,客観的な治療傾向,すなわち,行為の客観的側面が生命・健康という優越的利益を維持する傾向の意味に理解されるべきとする133。前章で検討した判例評釈においては,富田が被告人に治療目的が無かったということを強調しているのに対して,町野が批判的な見解を示しているところに,両者の立場の相違が看取されるといえようか。通常,治療行為の正当化要件は,上記の3要件とされ,130 内藤謙『刑法講義総論(中)』(有斐閣,1986年)527頁以下。131 平野は,従来一方では,同意があっても(同意傷害は)違法とされる傾向が強かった半面,医療行為については正当業務行為として同意がなくても適法とされることも多かったとしている。正当かどうかの基準が,技術的な基準に合致しているかどうかで判断されていたためであるが,ドイツでは「専断的治療行為」という概念で解決しようとしていることに言及している。平野龍一『刑法総論Ⅱ』(有斐閣,1975年)255頁。132 木村亀二『刑法総論』(有斐閣,1959年)289頁,大塚仁『刑法概説(総論)〔改訂版〕』(有斐閣,1986年)368頁。133 内藤・前掲注(130)531頁。