高知論叢108号

高知論叢108号 page 38/136

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36 高知論叢 第108号これらの要件を満たさない場合は,傷害罪が成立すると説明される。しかしながら,実際上の刑事医療事件においては,故意犯である傷害罪の成立が争われるのではなく134,過失犯である業務上過失....

36 高知論叢 第108号これらの要件を満たさない場合は,傷害罪が成立すると説明される。しかしながら,実際上の刑事医療事件においては,故意犯である傷害罪の成立が争われるのではなく134,過失犯である業務上過失致死傷罪の成否が問われる事案が殆どという状況にある。刑法学上,もう一つの傷害罪不成立の可能性は「被害者の承諾」の理論135にある。「被害者の承諾」の考え方も,大きく二つに分かれるとされており,一つは「行為無価値論」からの考え方で,たとえ被害者の同意があり,被害者が自由な自己決定によってその処分可能な利益を放棄しても,その同意によってなされる行為自体が社会倫理的観点(あるいは公序良俗ないし社会的相当性の観点)から許容されるか否かが重要であるとする考え方,もう一つは「結果無価値論」からの考え方で,被害者の同意があれば,法益の主体がその処分可能な生活利益を自由な自己決定によって放棄したことにより,刑法が保護する必要がある法益がなくなるから,被害者の同意による行為は原則的に違法性を阻却するという考え方である136。戦前日本には兵役法74条が存在し,兵役忌避のための自傷行為を処罰の対象としていた。前者の「公序良俗」違反か否かで,違法性阻却を判断する見解が,かつては有力であった。しかし,このような考え方は,かつての兵役忌避罪がそうであったように,国家主義との親和性を有する。後者が,「利益不存在の原則」や「自己決定権」を重視するのは,自由134 1980年に発覚した富士見産婦人科病院事件においては, 被害者同盟が, 病院の理事長らを傷害罪で刑事告訴したが,不起訴処分となった。1983年には検察審査会が「不起訴不当」議決を出したが,結果としてすべて不起訴処分となった。富士見産婦人科病院被害者同盟・原告団編『富士見産婦人科病院事件 私たちの30年のたたかい』(一葉社,2010年)。終末期医療事案においては,医師が殺人罪に問われた判例が存在する。横浜地判平成7 年3 月28日(東海大安楽死事件横浜地裁判決),最(三)決平成21年12月7 日(川崎協同病院事件最高裁決定)。拙稿「川崎協同病院事件最高裁決定」『高知論叢』105号47頁以下。13「5 被害者の承諾(同意)」に関する論稿として,他所で挙げるもののほかに,中野次雄「被害者の承諾」『総合判例研究叢書』(有斐閣,1956年)73頁以下,金沢文雄「被害者の承諾による行為」木村亀二編『刑法(総論)』(青林書院,1962年)248頁以下,井上祐司「被害者の同意」日本刑法学会編『刑法講座 第2巻』(有斐閣,1963年)160頁以下,町野朔「被害者の承諾」『判例刑法研究 第2 巻』(有斐閣,1981年)165頁以下,日髙義博『違法性の基礎理論』(イウス出版,2005年),佐藤陽子『被害者の承諾』(成文堂,2011年)等。136 内藤・前掲注(130)576頁以下。