高知論叢108号

高知論叢108号 page 39/136

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性転換手術と刑法に関する一考察37主義や個人主義といった思想が背景にあり137,次第に有力化したものである。同意傷害は,従来から「被害者の承諾」における主要な論点であった。刑法典が,同意ある殺人罪について....

性転換手術と刑法に関する一考察37主義や個人主義といった思想が背景にあり137,次第に有力化したものである。同意傷害は,従来から「被害者の承諾」における主要な論点であった。刑法典が,同意ある殺人罪についての規定を設けているのに対し,同意ある傷害罪に関する規定を設けていないことも,その理由に挙げられる。したがって,同意傷害を不可罰とする見解も主張されている138。しかしながら,「行為無価値論」からの,「公序良俗」に反する,あるいは「社会的相当性」がないとするものだけではなく,「結果無価値論」の立場からも,同意傷害の可罰性は認められてきた。すなわち,「社会的責務の遂行の阻碍」となる程度の傷害は,個人的法益を超えて公的な法益をも侵害するため違法となる139,重大な傷害,あるいは「死の危険」がある程度の傷害については,違法性を認める140とする見解である。本件においては,被告人の手術を受けたXYZの同意(承諾)は存在した。原審では「本件各手術は被手術者から性転換手術をして欲しいと積極的に依頼されたため行ったこと」とも認定されている。しかしながら,前章で検討した判例評釈において,本件を「被害者の承諾」の理論で違法性を阻却するとの立場をとるものは見られない。侵害の重大性を挙げるもののほか,金沢は,人間の尊厳を基本とする法秩序の精神に矛盾すること等もその根拠としている。そもそも「被害者の承諾」の理論による正当化の範囲は,「治療行為」による正当業務行為よりも狭いと解されており,医療行為性が否定された本件の場合,違法阻却の余地はないと考えられていた。1996年以降,性同一性障害に関する議論の高まりを背景として,石原,猪田等は,改めて性転換手術を「治療行為」として位置付けることで,違法性阻却の可能性を見出し,加えて立法的解決の提言を行っている。また,石原,猪田,137 内藤・前掲注(130)577頁。138 須之内克彦「刑法における自己決定」『刑法における被害者の同意』(成文堂,2004年)74頁以下。139 宮内裕「違法性の阻却」日本刑法学会編『刑事法講座〔第1 巻 刑法?〕』(有斐閣,1952年)223頁。140 平野・前掲注(131)254頁。なお,平野は本件第1 審判決が優生保護法違反としたことにつき,同意により傷害罪ではないと考えたからであろうとの見解を示している。254頁以下。