高知論叢108号

高知論叢108号 page 43/136

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性転換手術と刑法に関する一考察41れている145箇所もあるが,谷口の解説書に掲載されている立案過程における谷口の発言は,優生手術のみを対象とするようにも読める146。また,厚生省公衆衛生局・厚生技官である安倍....

性転換手術と刑法に関する一考察41れている145箇所もあるが,谷口の解説書に掲載されている立案過程における谷口の発言は,優生手術のみを対象とするようにも読める146。また,厚生省公衆衛生局・厚生技官である安倍雄吉による解説書によると,優生保護法が対象としているのは,「去勢手術」ではなく「優生手術」であり147,第28条,第33条についても,「優生手術」の語のみで解説がなされている148。植松が判例評釈において,「本件行為が優生手術に名を借り,その外形をもって行われたものであるから,そのことに眩惑されてはならない。」と述べるのは,優生保護法を的確に捉えていたからだともいいえよう。したがって,本件の睾丸全摘出手術は,優生保護法28条が禁止の対象としていた「手術」には該当しないと考える方が妥当であるし,また,手術の目的も「生殖を不能にすること」ではなく,直截にいえば性転換のための去勢であって,優生保護法の対象となる行為ではないと考えられる。ではなぜ,本件につき優生保護法違反が適用されたのであろうか149。行政取締法規たる優生保護法が優先して適用されたとも考えられるし,同意傷害罪としての立件に消極的な捜査当局の問題もあったかも知れない。同意傷害罪よりも法定刑の低い優生保護法を適用したとの「配慮」があったのかも知れない。しかしながら,本来適用するには相応しくない法律で,やや強引に立件,起訴し,原審,控訴審とも有罪の判断を下すことで優生保護法による処罰にお墨付きを与えたことの問題性は大きいと考えられる。本件と優生保護法とを繋いでいるものは,「優生思想」であり,「優生思想」により「社会」に適合しないと145 谷口弥三郎=福田昌子『優生保護法解説』(研進社,1948年)77頁。146 谷口弥三郎『優生保護法詳解』(日本母性保護医協会,1952年)24頁以下。147 安倍雄吉『優生保護法と妊娠中絶』(時事通信社,1948年)35頁。148 安倍・前掲注(147)93頁以下14『9 日本医事新報』1994号(昭和37年7 月14日号)の「質疑応答」欄にて,性転換手術の可否についての問いが「東京 形成医」よりなされているが,完全な男性を外観上女性にするための手術は,本人の同意があっても傷害罪に該当するものと考えられると「係」により回答されている(126頁)。第1 審の公判冒頭で,弁護人側はこれを引用し,この見解につき本件検察官の見解と合致するか否かの求釈明をしたが,立会検察官の「係とは雑誌社の係社員とのことである」との釈明の後は,傷害罪の主張はされなくなったという。判例タイムズの解説は,「傷害罪になれば却って法定刑が重くなるためか」と推論している。判タ233号231頁。