高知論叢108号

高知論叢108号 page 45/136

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性転換手術と刑法に関する一考察43現時点から,時代的制約を無視して当時の判決の短所を捜すことには何ら意味がないからである。くり返しになるが,1996年を契機に,刑法学者のみならず,Ⅲで検討した後藤をはじめと....

性転換手術と刑法に関する一考察43現時点から,時代的制約を無視して当時の判決の短所を捜すことには何ら意味がないからである。くり返しになるが,1996年を契機に,刑法学者のみならず,Ⅲで検討した後藤をはじめとする論者によって,改めて本件が検討されている。それらには,判旨の憲法論を批判するものや,従来の(刑)法学者による判例評釈が,刑法の解釈論といった細かい論点の検討に終始し,被告人側が主張している憲法論の議論が欠けていることを指摘するものもある。例えば,後藤は,被告人側と判旨のいう「性的自由」の中身がずれていることを指摘する。判旨は,優生保護法が違憲ではないことをいいたいがため,被告人側の主張する「性的自由」との齟齬が生じたものと思われる。更に判旨は「現実にも同条の存在によって国民が広く性的本能を満足させる方法を奪われた」と感じていない旨述べるが,それは優生思想により「社会」適合的とされる,おそらくマジョリティーとされている国民にとってのことである。憲法は,マイノリティーとされる人々の人権をも守ることを使命とする。かつて横山晃一郎は,学生運動に関する論稿においてではあるが,「思想を裁判所は裁かない。だが,被告をそのような行為(構成要件該当的行為)へと駆りたてた行為事情に対する被告の認識と評価は,被告の行為の違法性と有責性を判断するのに不可欠なのである。そしてその限りで,被告をつき動かした思想が法廷の問題となる,といってよい。」151と述べている。本件については,公判のかなりの時間が,XYZの証人尋問に費やされたという152。その上での判断であったとすれば,裁判官達に,先入観や偏見が存在したといえようし,その問題性を指摘できなかった論者にも,先入観や偏見が存在したといえようか。さらに,上記の先入観や偏見は,異質なものを排除しようとする治安刑法と容易に結びつくのではなかろうか。本件摘発の端緒は,市民からの要請で警察が動いたということから,市民もまた,治安刑法の担い手となることを示す事151 横山晃一郎『憲法と刑事訴訟法の交錯』(成文堂,1977年)180頁以下。152 石田=矢島・前掲注45121頁以下。なお,本件第1審に,精神科医の証人として関与した,なだいなだ著の小説『クワルテット』(1969年発表,集英社文庫1883年,筑摩書房1997年)が,裁判の様子を伝えている。