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概要

112

8高知論叢第112号体が及ばなかったがために戦後も存続したものが多い。日本のF.Fが諸外国と比較して大きく異なった点は財閥解体後において旧財閥系N.F集団へと再編されたことである。創業者グループからの支配がなくなった後も銀行商社を中核とする企業集団として長く維持されてきたことは日本の特筆すべき特徴である。第二次大戦後日本を占領した連合国は,財閥が軍国主義を制度的に支援したとみなし,財閥本社である三井合名,安田保善社,三菱合資,住友を加えた4財閥本社の解散と三井,岩崎,住友,安田4家構成員,持株会社取締役・監査役を産業界から追放した。解散命令は富士産業株式会社(旧・中島飛行機)など兵器産業や新興財閥にも及び,以下の新興コンツェルンや産業で独占・寡占的地位にあった企業を対象とした。大倉鉱業株式会社(大倉財閥)浅野財閥,古河財閥,渋沢財閥,野村合名,日産コンツェルン,日曹コンツェルン,理研コンツェルン,日窒コンツェルン,昭和電工株式会社(森コンツェルン)などであった。財閥解体(1945年より1952年)によって財閥系ファミリーによって所有されていた財閥本社が解体した。本稿では旧財閥系企業は例外なくすべて非ファミリービジネスとみなす。1947年11月に成立した「財閥同族支配力排除法」によって成立した持株会社整理委員会は占領軍当局の指令を受けて財閥家族の範囲を決めた4。ただし財閥による企業支配は無くなったが企業グループは分社化されて存続したものも多い。また財閥解体によってファミリー企業であった日本の財閥本社は解体されたが,財閥系メーンバンクを中心にして財閥系企業グループは再編された。ただし,旧ファミリー企業グループの中心にあったファミリーは大株主ではなく,かつ経営陣の中にも存在しなくなった。旧財閥ファミリーは創業の精神的支柱として残るグループもあるが,銀行,商社を中心とした緩やかな企業グループとなった。第二次大戦前は財閥持株会社や財閥個人大株主の所有から戦後は企業グループ間の株式持合いの関係へと変質した。しかし日本では,持株会社たる会社の設立及び既存の会社の持株会社化が禁止されたが,実41財閥家族姓を名乗る尊卑族三親等および婚姻関係を含まない家族2所有金融資産一定額3所有不動産4持株比率10%以上の株式