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概要

高知論叢

59論説「医療と刑事法」に関する一考察稲  田  朗  子Ⅰ 本稿における検討材料と検討課題刑法35条は,「法令又は正当な業務による行為は,罰しない」と規定している。人の生命・身体に対する故意の侵害は,刑法199条の殺人罪や同法204条の傷害罪により犯罪とされており,過失による傷害に対しては,同法209条の過失傷害罪,210条の過失致死罪といった犯罪類型が用意されている。医療の場における典型的な外科手術を例にすると,不可罰説1を別とすれば,治療行為2がそれらの罪に問われないのは,35条の正当業務行為にあたり,違法性が阻却されるからとするのが一般的・通説的な理解であるといえようか。もちろん,同条の「正当な業務による行為」にあたるとするには,「業務そのものが正当なものであること」3と共に,「行為がその業務の正当な範囲に属すること」4をも要し,医師が治療を誤るといった,「その方法を誤ることによって違法性を帯びるばあいがある」5と理解されている。また,患者の同意を得ない専断的治療行為は,承諾のない生命身体への侵害として違法性が阻却されないこともありうるだろう。ちなみに,医療行為の正当化根拠について,「以前は,『正当業務行為』(刑1 米田泰邦『医療行為と刑法』(一粒社,1985年)184頁以下等参照。2 「治療行為」と区別される概念として「医療行為」があるが,伊東研祐『刑法講義 総論』(日本評論社,2010年)216頁によれば,医療行為は,治療行為を包含するものではあるが,「治療」の要件を必ずしも充たさない質的に異なる行為をも広く含め指称するものであり,治療行為の場合と些か異なる考慮に服する場合も少なくないとする。3 団藤重光『刑法綱要総論[第三版]』(創文社,1990年)208頁。4 同前。5 同前。  高知論叢(社会科学)第113号 2017年3 月