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概要

高知論叢

「医療と刑事法」に関する一考察 61刑事事件に限らずとも,近年,医療関係訴訟は急激に増加していると指摘されており8,訴訟に至らない医療紛争の数はさらに増えていると推測される9が,その理由の一つと考えられる患者と医療従事者との間の信頼関係の低下の背景には,上述したような双方の現実があるのかも知れない。処罰感情の増大,警察への異状死届出件数の増加,マスコミ報道なども理由として挙げられることがあるが,これらの諸要因が相互不信に拍車を掛けているともいえよう。特に,未だ定まった正解のない,人生を終える際のいわゆる「終末期」の医療については,「死」との接点でもあり,上記の齟齬がコンフリクトとなって,法的な判断を迫られる事態,引いては犯罪として罪に問われる事態が生ずることもある。このような医療と刑事法が交錯しうる場面としては,医療過誤のほか,特に生命との距離が最も接近したものとして,いわゆる「終末期医療」の問題を位置付けることもできよう。既に,医療と刑事法の問題を扱う研究は多岐にわたって多くの優れた研究が存在する。ただし,刑事法的観点から医療の問題を検討したり,あるいは刑事法を含めた非刑事法的観点からの問題の検討はなされてきているが,医療の問題が刑法そのものに対して与える影響はまだまだ検討の余地があろうか。さらに進んで,このような点からは,そもそも刑法と異にする医事刑法の基本原理というものがありうるのかとの問題設定も可能なように思われる。本稿では,特に,「刑法から見た医療問題」にとどまらない「通常の刑法と異なる医事刑法がありうるのか」との問題を考えてみることとしたい10。8 山中敬一『医事刑法概論Ⅰ(序論・医療過誤)』(成文堂,2014年)18頁以下。9 押田茂實『医療事故 知っておきたい実情と問題点』(祥伝社,2005年)28頁以下参照。10 本稿は,拙稿「医療と刑事法」内田博文=佐々木光明編『〈市民〉と刑事法[第4 版]』(日本評論社,2016年)を基に,本文で述べた課題に即して加筆訂正を行ったものである。前記拙稿が現代社会における医療と刑事法の交錯領域における問題の所在を明らかにすることが課題であったのに対し,本稿は,前記拙稿の隠れた課題でもあった医事刑法に通常の刑法にとどまらない基本原理なり「独自の何か」があるのかという点に軸足を移して検討を試みるものである。