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概要

高知論叢

「医療と刑事法」に関する一考察 69ち,医療関係者に責任を帰すことができるものを,医療過誤という」44と定義されることもある。当然のことながら,この医療過誤のすべてが刑事事件となる訳ではない。刑法の謙抑性から民事責任に比してより重大な過失に限って刑事責任が問われる45との説明がされることもあるが,日本社会において医療過失に対する当罰性の要請が根強いことも,その当否はさておき,否定しえないところであろう。しかし,単純に医療事故の予防効果が期待できる訳ではないところに,この問題の「難しさ」がある。そもそも医療とは生命とのぎりぎりの境界で高度に専門的な医療知識に基づいて「病」とされるものを克服しようとしてなされる営為であり,一定の危険や副作用を伴いうるものであるから,過失の判断が困難なことに加えて,医療事故の実効的な予防を目指した原因究明にとって,(刑事)過失責任の追及が桎梏となることも考えうるからである。特に刑事責任については,事故原因の究明が刑罰を科されるべき自己の罪を認めることを伴うにも拘わらず協力を強制されるとすれば,それが仮に専門的職業人のモラルであったとしても,その義務を果たすことが非常に困難であることは,容易に想像がつくであろう。刑事責任に直結すれば,黙秘権や裁判における調査資料の利用等,刑事手続上の問題も浮上することとなる。医療事故の「増加」とその防止が強く要請されるにつれて,上記の「難しさ」の解決が重要になるが,2014年の医療法改正により,翌2015年10月1 日から「医療事故調査制度」が新設され,今後の運用が注目されている。改正された医療法第6 条の10は,医療事故を「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し,又は起因すると疑われる死亡又は死産であって,当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの」と定義し,同条第1項によればこの医療事故が発生した場合に,病院等の管理者は遅滞なく当該医療事故の日時,場所及び状況その他の事項を「医療事故・調査支援センター」に報告する義務が課され,同条第2項ではこの報告に先立ってあらかじめ遺族等へ説明する義務が課されている。44 手嶋豊『医事法入門〔第4 版〕』(有斐閣アルマ,2015年)213頁。45 手嶋・前掲注(44)240頁,216頁参照。