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概要

高知論叢

「医療と刑事法」に関する一考察 71る48。原因究明のためには刑事責任から解放しないと真の究明はできないのではないか,そもそも刑事手続では自己に不利益な供述は強要されないことは憲法上の権利であると考えれば,事故調査は刑事手続と切り離すという帰結になろうし,今回の法改正では,司法手続との接続は行われていない。これに対して,医療過誤の責任は刑事だけでなく,被害者に対する民事賠償や行政処分もありうるので,刑事手続だけを除外したからといって真相究明に役立つのかという批判もあろう。アメリカ合衆国諸州においては医療過誤が刑事処罰の対象でないことに関して,日本では刑事手続以外に適切な公的責任追及手段がないために,業務上過失だけでなく医師法21条の異状死届出義務違反をも駆使して,警察と検察が代役を務めているとの指摘49もあるが,そのような観点からも医療事故調査制度の新設自体の意義は否定できないであろう。また,事故調査において刑事責任から解放すべきか否かの議論の前提には,そもそも刑事責任を問うことが,事故防止に役立つか否かという問題に対する考え方の相違もあろう。刑法の謙抑性を重視し,刑罰による不利益を重く見れば,刑罰による医療の萎縮効果が懸念され,また行政処分に加えて刑事処分まで加える必要性を問うであろうし,逆に日本では現行法上刑法典に業務上過失致死傷罪が置かれていることに鑑みれば,刑法は医療過誤に対しても刑法に予防効果を認めているのであって,被害者等の処罰感情の点からも,刑事責任から完全に解放することはできないとの帰結になろう。さらに,このような刑事司法による医療事故の予防効果の有無とも関係して,そもそも医療の安全と他の領域,例えば交通安全や消費者保護との間に異なるところがあるのか,現代の科学技術の高度化した社会において,医療従事者のみを「優遇」する根拠があるのかという問題が論じられることになる。例えば,なぜ,医療事故調査制度は,他機関の支援があるとはいえ,完全な第三者機関でなく院内調査を最初に置くのか,それで中立性,公平性は保たれるのかと48 この点の論点を整理するものとして,佐伯仁志「刑事司法の現状」樋口範雄=岩田太編『生命倫理と法Ⅱ』(弘文堂,2007年)217頁以下等を参照。49 ロバート・B・レフラー/三瀬朋子訳「医療安全と法の日米比較」樋口範雄=岩田太編『生命倫理と法Ⅱ』(弘文堂,2007年)191頁。