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概要

高知論叢

72 高知論叢 第113号いった指摘50もなされる。医療の特殊性として指摘されているのは,患者を受け入れるリスクの大小が分からないまま患者を受け入れなければならないという,不確実性と不可避性といえようか51。ただし,これだけでは,例えば鉄道航空業においても不可避性はあるし,消費者保護についても命にかかわる重大なものもあるという反論もありうる52。確かに医療事故と他の事故とは業務上の過失という点では基本的には異ならず,単純に医療事故だけを別異に取り扱うべきと結論づけることには疑問もありえよう。しかし,マニュアル通りに行動していれば事故は起こらない運輸事業等の事故53とは異なる側面があることも一概に否定できないように思われる。すなわち,より端的に,医療は生命に作用しうる「病」という重大な課題に,正に生命に接着した状況でその克服に向かわなければならないという点に特色を見出すべきと思われる。常に生命倫理が問われる状況は,相対的な問題ともいえはするが,それでもなお医療の質的特徴ではなかろうか。そのように考えれば,刑事責任より事故防止を優先することが若干容易に説明できはしないであろうか。その意味では,なお検討を要するものではあるが,医事刑法の特殊性が示される点であるようにも思われる。50 石川・前掲注(46)12頁。51 神馬幸一「医療の視点が司法に活かされるための制度設計」『静岡大学法政研究』第18巻3・4 号(2014年)10頁参照。52 なお,松原・前掲注(7)580頁以下は,「確かに,医療行為は常に一定の結果を保障できないという不確実性,あらゆる過誤が構成要件実現に直結する高度の危険を有しており,良心的な医師でも偶発的に過誤を生じさせ,その過誤が結果的に回避可能といえるが,人間の不完全性に鑑みれば,職務遂行の典型的な過ちとして経験則上計算に入れられるべきものであるという危険傾向性,重要な治療上の決定を迅速に下さなければならず,事前に危険を回避することは困難であるといった医療の特質を考慮することは必要である。しかし,そこから医療一般について一律に刑事責任追及の可否を論じることには論理の飛躍があるように思われる。……医療の特殊性は,個別事案の処理にあたって考慮すべきものであろう」とし,「安全の追求は責任を積極的に認める方向と融合させるべきであろう」との指摘も存在する。53 澤倫太郎「県立大野病院事件から見えてくること  医療への刑事司法介入は何を招くか」世界第781号(2008年)203頁参照。