ブックタイトル高知論叢

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概要

高知論叢

78 高知論叢 第113号病に冒され,しかもその死が目前に迫っていること,(2)病者の苦痛が甚しく,何人も真にこれを見るに忍びない程度のものなること,(3)もっぱら病者の死苦の緩和の目的でなされたこと,(4)病者の意識がなお明瞭であって意思を表明できる場合には,本人の真摯な嘱託又は承諾のあること,(5)医師の手によることを本則とし,これにより得ない場合には医師によりえないと首肯するに足る特別な事情があること,(6)その方法が倫理的にも妥当なものとして認容しうるものなること。しかしながら,当該案件では(5)(6)の要件を欠くとして,嘱託殺人罪の成立を認めた。学説からは,(5)(6)の要件を挙げる以上,実質的には違法阻却を否定しているに近いとの評価がなされていた80。医師が,依頼されて積極的安楽死にあたる手段をとることはまずないと考えられていたからである81。しかしその後,ⅱ東海大安楽死事件横浜地裁判決82において,患者に薬物を注射したことにより同人を死亡させたとして,医師が殺人罪に問われることとなった。横浜地裁は,傍論で,ⅰ判決で示された6 要件とは別の,医師による安楽死が許容される一般的要件として,(1)耐えがたい肉体的苦痛があること,(2)死が避けられずその死期が迫っていること,(3)肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと,(4)生命の短縮を承諾する明示の意思表示があること,以上4 要件を新たに示した。ⅱ判決は,さらに踏み込んで,薬物の注射に至るまでに被告人が行ったとされる,当該事案では起訴されていない行為である治療行為の中止が許容される要件をも示した。すなわち,(1)許容される治療行為の中止の対象となる患者について,死の不可避性を要求し,単に治癒不可能であるだけでは足りないことを示し,(2)患者の自己決定権の理論と(3)医師の治療義務の限界論を正当化の根拠とするものである。その上で,当該事案につき,許容される「治療行為の中止」及び「積極的安楽死」にあたらないとして,殺人罪の成立を認めた。80 内藤・前掲注(59)542頁等。81 内藤・前掲注(59)542頁,町野朔「『東海大学安楽死判決』覚書」『ジュリスト』1072号107頁等。82 判時1530号28頁以下,判タ877号148頁以下。