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概要

高知論叢

「医療と刑事法」に関する一考察 81医事刑法の基本原理との関係で注目されるのは,原原審が治療中止に関する患者の自己決定権に関連して,「その自己決定には,回復の見込みがなく死が目前に迫っていること,それを患者が正確に理解し判断能力を保持しているということが,その不可欠の前提となるというべきである。回復不能でその死期が切迫していることについては,医学的に行うべき治療や検査等を尽くし,他の医師の意見等も徴して確定的な診断がなされるべきであって,あくまでも『疑わしきは生命の利益に』という原則の下に慎重な判断が下されなければならない」90とし,「真意が不明であれば『疑わしきは生命の利益に』医師は患者の生命保護を優先させ,医学的に最も適応した諸措置を継続すべきである」91と判示している点である。この判示部分について,「これが立証不可能の負担を被告人に負わせる趣旨であれば,妥当ではないだろう。『疑わしきは生命の利益に』という観点が有効に機能するのは,専ら患者の推定的同意ないし最善の利益の探求の場面であるように思われる」92との指摘もなされている。そもそも,原原審のこの判示の前者と後者が必ずしも同一のことのみを意味していないことに注意すべきように思われる。後者の判示は,まさに患者の意思が確定できない場合の事実認定に関わる基準となるのに対して,前者の判示はその前提たる死期の切迫性という状況の評価及び患者の判断能力という前提部分の判断基準であり,死期の切迫性という状況の評価を生命の利益に評価することも,患者の判断能力を生命の利益に評価することも医師の罪責に直結しなければ,むしろ妥当なことだと思われる。ただし,罪責の認定においては,「疑わしきは被告人の利益」との衝突を招くことになるのではなかろうか。その意味で,「疑わしきは生命の利益に」の原則が妥当する範囲が,なお検討されるべきであろう。159頁以下,判タ1316号147頁以下。90 横浜地判平成17年3 月25日刑集63巻11号2128頁。91 前掲注(90)2129頁。92 橋爪隆「治療中止と殺人罪の成否  川崎協同病院事件」『ジュリスト臨時増刊 平成19年度重要判例解説』(2008年)170頁。