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概要

高知論叢

82 高知論叢 第113号Ⅴ 医療に対する刑事介入の是非1 川崎協同病院事件元被告人の裁判所に対する批判点川崎協同病院事件裁判で殺人罪に問われ,有罪判決を受けた元被告人は,その著書の中で,控訴審判決を以下のように批判する。「延命治療の中止が『殺人罪を構成する』可能性があるとなれば,現場の医療者たちに重苦しいプレッシャーがのしかかります。」93「自己決定権と治療義務の限界説という2 つのアプローチに,堂々めぐりともいえる否定的な見解をちらつかせておいて,『いずれにおいても適法とすることができなければ,殺人罪の成立を認めざるを得ないことになる』というのですから,これでは極端な話,延命治療を中止した場合は片っ端から殺人罪の疑いで捜査されても文句は言えないということになります。」94「この判決文のいうところは,延命治療を中止する際に医師が判断したことを,あとから殺人罪として評価しなおすという『後出し』を可能にすることにほかなりません。」95「脳波検査で余命判断や回復可能性が正確にわかるのかといえば,そんなことは死の直前までわからないのです。後出し論法でいけば,脳波検査を行っていればいたで『脳波検査だけでは十分とはいい難い』ということになるでしょう。どこまでいってもきりがありません。司法が,このケースは殺人罪にしようと意図すれば,必ずそうできてしまうのです」96。事件発生当時の医療準則や医療実態から,本当に,被告人の行為が殺人罪の刑事責任に問われるものであったのか。このような観点から判例を検討すると,「脳波検査さえやっていない」と被告人を糾弾してはいるが,当時の医療準則として,専門家たる医師である被告人は,どのような検査を行ってしかるべきであったかという観点からの判断は見られない。これだと,「後出し」として,司法への不信が募ることにも理由があるように思われなくもない。その93 須田セツ子『私がしたことは殺人ですか?』(青志社,2010年)171頁。94 須田・前掲注(93)184頁。95 須田・前掲注(93)185頁。96 須田・前掲注(93)189頁。