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概要

高知論叢

84 高知論叢 第113号被告人側から,ご都合主義的な証拠採用と批判100される事態を招いたともいえよう。また,大野病院事件においては,一層検察官の起訴の不当性を明らかにしてしまったといえようか。仮に被害者への賠償のために県の事故調査委員会が医師の過失を認める結論を出したとしても,そのことから起訴を正当化することはできまい。図らずも大野病院事件の無罪判決によって,刑事司法が介入することにより,医学書や臨床現場の水準に明確に示されていることをそのまま実行していなければ,少なくとも刑事責任に問われうることを実証してしまったとはいえないであろうか。その意味では,「医療水準」や「医療倫理」に従うといっただけでも未だ不十分で,医療事故においてこの「医療水準」や「医療倫理」がどのように扱われるべきかが問われなければならない。3 法律と「医療水準」ないし「医療倫理」との関係このような観点からみれば,尊厳死法101やガイドライン102の必要性を指摘した裁判所に対して,被告人は「これ(厚生労働省が策定した2007年5 月『終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン』…筆者注)は国が策定したガイドラインですが,かりにこの決定のプロセスの手順を踏んで,終末期医療の一環として延命治療の中止を行ったとしても,事後に刑事訴追をまぬかれるわけではありません。」103として批判をするが,しかし,これらのガイドラインが時の「医療水準」ないし「医療倫理」を満たすものであれば,それは医療者として100 須田・前掲注(93),矢澤曻治『殺人罪に問われた医師 川崎協同病院事件 終末期医療と刑事責任』(現代人文社,2008年)。10「1 尊厳死法制化を考える議員連盟」により,いわゆる「尊厳死法案」の国会上程が企図されている。いわゆる「尊厳死法案」を考察するものとして,「特集=尊厳死は誰のものか 終末期医療のリアル」『現代思想』(青土社,2012年)等。102 本件控訴審判決が出た後の2007年5 月,厚生労働省は「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を策定した(前掲注(72))。樋口範雄『続・医療と法を考える 終末期医療ガイドライン』(有斐閣,2008年)87頁以下は,本ガイドラインは「終末期医療の決定のためのプロセスを明確化するだけであり,終末期を迎えた患者を皆で支える体制作りをするための指針」であるが,これには①医師の刑事免責の実体的要件が明らかにされていない,②患者にとって不本意な安楽死への道を開くことになるのではないかという懸念,という2 つの批判が寄せられたことを指摘する。103 須田・前掲注(93)202頁。