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概要

高知論叢

「医療と刑事法」に関する一考察 85守るべきものとはならないか。もちろん,「処罰される行為」と「やってはならない行為」は別物であり,ガイドラインに違反した治療の中止が直ちに殺人罪になるわけではない104が,反対に,ガイドラインにそった行為であるならば,不処罰化の方向で考えるべきともいえよう。ガイドラインは,医師の免責の道具と堕してはならず,専門家に当然要求されるべき水準を満足させるものでなければならない。大野病院事件については,医学的準則から結果回避義務を否定する立論に対して,むしろ具体的予見可能性の不存在を理由とすべきだったとする批判105もあるが,医療水準に掛からしめることにより,国家の刑事介入を拒む理由も説明し易くなるのではないか。「指針は,ソフトローの役割を担いうる性質を有する場合もある」との指摘106もある。とすると,川崎協同病院事件の元被告人による「グループ・カンファランスとなれば,さらに延命治療はつづくでしょう。」107「公の場では万が一の可能性にかける『正論』に反対できる人はいないのです。また多人数で決めたことには誰も責任をもたないし,複数主治医というのも,遠慮を含めて本音をいわないことが多いものです。」108との主張が,現在の「医療水準」ないし「医療倫理」として適切であるか否かは,検討の余地もあろうか。その意味でも,患者の権利法制定と共に,患者の権利をも踏まえた医療のガイドラインを,より発展させていくことが,方向性としては妥当なもののように思われる。医療は,患者と医療従事者との協働によるものだからである。Ⅵ おわりに以上,刑法と異にする医事刑法独自の基本原理がありうるのかとの問題について,医療過誤と終末期医療を素材として検討した。医事法独自の基本原理の104 町野・前掲注(84)51頁。105 甲斐克則『医療事故と刑法』(成文堂,2012年)128頁。106 甲斐克則「終末期医療に関する各種指針」甲斐克則=手嶋豊編『別冊ジュリスト 医事法判例百選[第2版]』(2014年)101頁。107 須田・前掲注(93)212頁。108 同前。