ブックタイトル高知論叢

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概要

高知論叢

86 高知論叢 第113号ひとつとして打ち出されている「疑わしきは生命の利益に」は,医療過誤訴訟や終末期医療においては,その医療訴訟が刑事裁判である場合,「疑わしきは被告人の利益に」の近代刑事法の大原則と齟齬を生じる可能性もあり,なお慎重に考える余地があろう。また,施行後1年を過ぎた医療事故調査制度も,刑事責任からの解放を前提としない以上は,黙秘権や裁判における調査資料の利用等,刑事手続上の問題を抱え続けることになり,事故防止という目的遂行への桎梏となりうるかも知れない。いずれの場合においても,医療は生命に作用しうる「病」という重大な課題に,正に生命に接着した状況でその克服に向かわなければならないという点に特色を見出すことができ,その点が,医事刑法の質的特徴であるとはいえないだろうか。本稿では,医事刑法の基本原理がありうることの課題を,特に生命との距離が密接な医療過誤と終末期医療の問題を素材として検討したに過ぎず,結論としても,明確な解答を明らかにできたわけではない。とはいえ,既に指摘されていたところではあるが,やはり,生命倫理と関わるという意味での独自性は否定できず,その観点からのさらなる検討が必要であることが確認できたと同時に,一定の再整理も行いえたのではないだろうか。将来の医療における基本法の制定に向けた前提作業としても,諸原理相互の関係のさらなる解明を今後の課題として,ひとまず本稿を閉じることとしたい。<付記> 本稿の前半部分は当初,内田博文 九州大学名誉教授・神戸学院大学教授の古稀記念論文集に掲載するつもりで構想していたものであるが,諸般の事情から叶わなかった。深くお詫び申し上げるとともに,この場をおかりして,内田先生の古稀をお祝い申し上げたい。